2014年08月23日

◎ 認知症の治療

認知症の治療は、一般的にいう「治癒」を目指すものではありませんが、そこで何もせずにあきらめてしまうということではなく、認知症の進行を抑えながら、生活の折り合いをつけながら、年の功を積み重ねていくことに意義があると言えます。
治療によって期待されるポイントについて検討してみましょう。

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1. 認知症の早期治療の意義

認知症の早期診断
もの忘れを年のせいとあきらめてしまうのではなく、早めに治療的介入を開始することで、認知症の進行をできるだけ抑えてその後の医療・介護の負担を軽減することができるかも知れません。

認知症の病型診断
例えば脳血管性認知症の患者さんにアルツハイマー型認知症のお薬を投与すると、興奮や怒りっぽさなど過剰賦活の副作用がみられる場合があります。レビー小体型認知症の興奮に安易に抗精神病薬を使うと、パーキンソン症状の悪化や過剰鎮静で状況が悪化するかも知れません。早い段階で認知症の病型を見定め、見通しを立てておくことは治療的にも意義があります。

周辺症状の予防
家族や隣近所との対人関係がこじれると、不適応反応としての周辺症状(興奮、妄想、不安、うつ状態など)が悪化します。認知症の症状によって不適応行動が現れているという状況を整理して理解することで、対人関係の悪化を防ぎ、周辺症状を予防することにもつながるかも知れません。

介護との連携
生活が混乱しないように、早い段階で介護サービスを導入して生活支援を行うと、その後の生活に活気が出て、認知症の進行予防にもつながります。介護認定において、認知症の症状にともなう生活の支障を余さずに評価してもらうと、要介護判定の区分が上がり、サービス利用を増やすこともできるかも知れません。また、介護サービスの活用のしかたについて相談できる窓口を拡充することにもつながります。
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2. 認知症診療の連携

もの忘れがみられるようになって認知症の可能性があるということは、ご本人においても受け入れがたい事態です。特に、元来お達者で、人の世話を受けるより人の世話して生きてきたような方の場合、衰えた自分が他人の介入を受け入れるという状況は不本意で、否認する気持ちが起こりがちです。
実際の診察の場面でも、「なんで私がこんなところを受診しないといけないんだ?」と憤りを露わにされる方もいらっしゃいます。認知症という不本意な理由で、無理やり連れて来られたという方には、次のような声掛けを行っています。
―――「みんな平等に歳をとり、歳をとるということは、若いころとは体力も気力も変化するということです。年齢がかさなれば、遅かれ早かれ、多かれ少なかれ、衰えの変化がみられます。変化にあわせて、生活のペースも変える必要がでてくるし、見守りやサポートを活用することも必要になってきます。認知症だから受診するのではなく、衰えの変化にあわせて生活の折り合いを付けるために、相談を重ねてきましょう」

かかりつけ医への相談
患者さんやご家族からもの忘れについての相談を受けたが、まだ認知機能低下は目立たないという場合でも、何か心配な変化の兆しがあるのではないかと考えて、認知症相談医が診療のニーズを絞り込みます。

連携のルール
かかりつけ医との長年のつながりは、生活の基盤でもあり、これまでの治療の継続を大事にします。したがって、ご紹介を受けた場合でも、認知症やそれに関連した心理行動の症状についてのみ、診療連携を行います。診断を確定するだけでよいのか、アドバイスや治療も含めて併診を継続するのがよいか、FAXの連絡事項にご記入の上ご希望をお知らせください。

必要な情報
現在服用中のお薬の内容だけでなく、これまでの治療の経緯を理解することは、認知症の診療においても重要です。簡単な内容で良いので、FAXの所定の欄にご記入下さい。また、かかりつけ医だからこそ、患者さんのこれまでの暮らしぶりや人生を客観的に把握しておられることでしょう。これまでの生活状況と比べて、年齢を重ねるとともに現れる変化が生活の支障になっていないか、小さなことでも情報をご提供頂けると助かります。
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3. 薬物療法

認知症の薬物療法では、中核症状をターゲットとしたお薬と、行動心理学的症候(BPSD)に対するお薬が使い分けられます。

中核症状に対する治療薬T2.png
神経伝達物質の分解を抑えたり、神経伝達の効率を高めたりすることで、神経回路の機能を維持します。神経変性過程を根本的に抑える訳ではないので、症状を緩和するための対症療法的な位置づけです。

ドネペジル(商品名 アリセプト):コリンエステラーゼ阻害薬といって、神経伝達物質の分解を抑えます。賦活効果が強いので、とにかく意欲低下を改善したい、元気づけたい時の第一選択です。覚醒作用があるため、せん妄を合併した時やレビー小体型認知症に相性が良いお薬です。もともとしっかり者の患者さんの場合、過剰賦活で気が立ったり、気持ちが空回りすることがあります。

ガランタミン(レミニール):コリンエステラーゼ阻害薬に分類されますが、アセチルコリン受容体にも作用して、セロトニンやノルアドレナリンなど、他の伝達物質の調整も行います。そのため、抗不安作用や抗うつ作用もみられ、過剰に煽り立てることが少ないやさしいお薬です。もの忘れをくよくよ悔やむ、軽度認知症の第一選択です。

リバスチグミン(リバスタッチ/イクセロン):コリンエステラーゼ阻害薬で、ドネペジルと同じような効き味ですが、「貼り薬」という点が特徴です。お薬を飲み忘れることが多い人でも、貼り薬だと目に見えて継続できているかどうか分かります。薬剤が皮膚からゆっくり吸収されて、血中濃度が安定するので、過剰興奮などの副作用が現れにくいのも利点です。

メマンチン(メマリー):他の3剤とは作用機序が異なり、神経伝達におけるノイズを抑えて、本来の信号が効率よく伝達されるように調整します。過剰な興奮を抑えるという抗精神病薬的な効き方で、怒りっぽいもの忘れに有効ですが、そのぶん眠気やふらつきといった副作用に注意が必要です。他の3剤のいずれかと、併用することができます。


BPSDに対する治療薬
抗精神病薬、気分安定薬:幻覚・妄想、攻撃的言動、興奮などを抑えるために用いられます。「抑え込む」ための薬なので、認知機能も抑え込まれてぼんやりしたり運動機能が低下したり、「両刃の剣」の側面があります。特にレビー小体型認知症ではパーキンソン症状の悪化や注意力の低下など副作用が出やすいので、注意が必要です。「抑肝散」という漢方薬が有効でかつ副作用が少ないため、広く使用されるようになりました。

抗うつ薬:抑うつ気分、意欲低下に対して用いられますが、認知症の不活発を改善する効果は乏しいようです。「SSRI」と呼ばれる種類の抗うつ薬が、前頭葉症状である「常同性」に対して有効との報告があります。

睡眠薬:睡眠覚醒リズムの障害が日中の活動性、注意集中を妨げてしまうため、昼夜のメリハリを維持するために睡眠薬も利用します。高齢者は薬物代謝が低下しており、ふらつき、転倒の危険もあるため、作用時間が短いもの、筋弛緩作用が少ないものを用います。非ベンゾジアゼピン系睡眠薬であるゾルピデム(商品名 マイスリー)、エスゾピクロン(ルネスタ)、ラメルテオン(ロゼレム)などが有用です。催眠効果のある抗精神病薬や抗うつ薬を睡眠コントロールのために利用することもあります。

このように、認知症の治療においては、薬物療法はもちろん重要ですが、効果の面でも副作用のリスクの面でも、どうしても限界があります。
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4. 生活支援

認知症の根本的治療法は未だなく、そもそも年齢を重ねるごとに体力や認知機能は衰えこそすれ若返るものではありません。つまり、認知症は老いの延長線上にあり、老いるということはその人の人生、生活そのものでもあります。認知症の診療においては、感染症治療や癌の外科手術のように、「病気」という「異物」を排除したり切り取ったりできるものではありません。認知症診療の目標は、「治癒」よりもむしろ、認知症の症状と折り合いをつけて、認知症と共に生きる「生活支援」だと言えます。


右の図は、T4_1.png年月とともに衰える認知機能の推移のシェーマです。正常加齢でも、高齢になれば認知機能は当然衰えます(青線)が、認知症の場合はそれがより早く現れて、急速に進行します(赤線)。治療によって、認知機能の衰えをできるだけ緩和することが目標です(黄線)。
この図をみて、みなさんはグラフのどの部分に注目しますか?


医者はついつい、T4_2.png認知機能低下の赤色の部分(右図)を見てしまいます。医者は、病気を診るものだからです。家族もまた、同じ部分を見がちです。家族は、その人の若かりし日のお達者ぶりをよく知っているからです。





治療によって、T4_3.png衰えの下げ幅ができるだけ小さくなるように働きかけますが、どれだけ小さくしても所詮マイナスだとすれば、家族にもどかしさが残ります。そして、できなくなったことに目を向けるマイナス思考は、本人にとっても不本意なものです。それが、「治癒」を目指すベクトルの行き着く先なのでしょう。



「生活支援」を重視するというのは、T4_4.png認知症になってもまだまだ保たれている部分、お達者な部分(右図緑色の部分)に働きかけるということです。それは、例え年月とともに衰えが見られたとしても、日々の生活の中でその人の人生は積み重なっていくということです。




治療によりT4_5.png認知機能低下の程度が軽減されると、その分だけ、人生の積み重ねの積み増しが得られます。生活支援はプラス思考のベクトルです。









安心して過ごせる物理的環境(居場所)とともに、社会的地位(役割)をお膳立てしてあげる必要があるかも知れません。家の中で、家事を分担するだけでも、生活の立ち位置が定まります。
進行性の症状に対しては、「脳のトレーニング」で回復することは難しいので、「できないこと」を取り戻そうとするよりは、「今できること」に励む姿勢が、達成感や役割の確保にもつながります。もの忘れの症候がある人に記憶のトレーニングを行っても、脳の変化が進行すればどんなに頑張ってもストレスになるばかりで報われません。それよりも、計算がまだ得意だったら計算のトレーニングを行うほうが、料理が得意だったら料理を分担するほうが、よっぽどプラスの刺激になります。
脳に変性があっても、認知症を発症しない人が少なからずいることが分かっています。認知症はもの忘れだけでなく、認知機能低下で生活が破綻することが発症の要件ですので、生活が混乱しないように、生活の折り合いをつけていく環境調整が、実は薬物療法よりも重要なのかも知れません。介護者の関わりによって、認知症の発症・進行を遅らせることができる、かも知れない、と期待しています。

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◎ 認知症の症候学

認知症の治療、介護支援を行う上で、どんな症状が病気の影響で現れて、どのように生活の支障となるのか、医学的に症状の背景を知っておくことが必要です。病気になって現れる症状のパターンのことを、「症候」といいます。認知症の介護に関わる人、身近に認知症の人がいるご家族、そして将来自分も認知症にならないか心配という人は、ここで認知症の症候について理解を深めて、治療や介護のポイントについて検討してみませんか。


1. 認知症とは

2. 脳機能局在について

3. 認知症の診断

4. 認知症の症候学:総論

5. アルツハイマー型認知症の症候学

6. 脳血管性認知症の症候学

7. レビー小体型認知症の症候学

8. 前頭側頭型認知症の症候学

9. 病型ごとのパターン

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1. 認知症とは

世界保健機構(WHO)の国際疾病分類ICD-10では、認知症は
「脳疾患による症候群であり、通常は慢性あるいは進行性で記憶、思考、見当識、理解、計算、学習能力、言語、判断を含む多数の高次皮質機能障害を示す。意識の混濁はない。」
と定義されています。

ちょっと難しい言葉が並んでいますね。「脳疾患による症候群」とは、神経の変性や脳梗塞などの血管障害によって、神経のネットワークが壊れて起きる脳の障害の総称だということです。「慢性あるいは進行性」というのは、一旦壊れた脳の障害は元に戻らない(これを不可逆性とも言います)し、今はまだ神経変性そのものの進行を止める治療法はないということです。意識障害(意識の混濁)のような一過性の状態でもありません。
また、認知症は「記憶」の障害、すなわちもの忘れだけでなく、思考力や判断力も広汎に障害される疾患です。日時、場所、周りの人物など自分の置かれた状況を判断する力を「見当識」といいますが、認知症では見当識障害がみられることも多く、しばしば生活の支障となってしまいます。
歳をとれば忘れっぽくなるのは皆同じで、メモやスケジュール帳に書き留めたりしてもの忘れをカバーできれば、記憶障害だけで認知症とはいいません。スケジュール帳をしょっちゅう置き忘れたり、そもそもメモしたことを忘れたり、生活の折り合いがつかなくなってきた時に、認知症の発症を疑います。

認知症の治療において、よく患者さんやご家族から、この病気は治りますか?と尋ねられますが、病気の定義からして「元には戻らない」ということは、一般的にいう「治癒」を目指すものではありません。認知症の症状は、加齢現象の延長線でもあり、年齢を重ねるごとに衰えこそすれ、決して若返るということはありません。
ただ、そこで何もせずにあきらめてしまうのではなく、認知症の進行を抑えながら、生活の折り合いをつけながら、年の功を積み重ねていくことに意義があると思っています。このことは、後述する「認知症の治療」の項目で考察します。
1.png

右に、認知症と紛らわしい区別すべき病気の例を挙げています。これらは、一過性の症状だったり、良くなったり悪くなったりする動揺性がみられます。また、外科的処置であったり、不足したホルモンやビタミンの補充だったり、抗うつ薬の内服などの治療により、認知機能が改善する可能性があります。
注意すべきなのは、普段飲んでいるお薬によっても、認知症のような状態になる場合があるということです。


若い時から睡眠薬を飲んでいた人の場合、飲み慣れたお薬が悪さをするはずがないと思い込みがちですが、年齢を重ねるとお薬を代謝する機能も衰えて分解されにくくなり、若い時に比べると相対的に過量服薬の状況になりかねません。また、身体疾患の治療薬の中には眠気がさしてぼんやりする副作用を持つものがあり(上図赤囲み参照)、注意散漫になってもの忘れがみられることもあります。
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2. 脳機能局在について

脳の中では2.png様々な役割をになう領域が分かれていて、協力し合って認知機能が形成されます。脳の変化にともなって現れる症状を知るためには、脳のどの部分がどんな役割をになっているのか、部位ごとの働きを理解しておくことが必要です。右の図は、脳を左側面から見たシェーマです。







「側頭葉」の奥まった位置に、「海馬」という部位があります。記憶を取り込む入り口のような働きです。また、側頭葉は記憶をしまいこんでおく引き出しのような役割もあり、例えば耳から入力された聴覚情報が処理され、言葉の意味記憶が形成されると、側頭葉の先端部にしまいこまれます。

「後頭葉」には目から入力された視覚情報が到達して、他の部位に適切に送り出されます。

「頭頂葉」には、身体感覚情報のほか、後頭葉から視覚情報が送り込まれ、ものの形や動きなどを識別処理して、視空間認知をにないます。視覚情報だけでなく、例えば計算は数字のイメージを操作するため、書字は文字イメージを操作するため、頭頂葉が関与します。

「前頭葉」は、計画を立てて段取りをつけて、順序よく作業する実行機能をにないます。そのためには注意を適切に切り替えたり集中したりするコントロールが必要です。作業遂行のための意欲を保ち、意思疎通のために会話発語の機能もにないます。前頭葉の奥まった位置にある「辺縁系」には、人それぞれの認知パターン、行動パターンが組み込まれており、その人の性格や情緒反応がプログラムされています。

「脳幹」は生命の根幹で、意識レベルの調節や、心臓、消化器などを支配する自律神経と運動機能の調節も行います。
posted by 御所ヶ谷HC at 13:06| Comment(0) | 認知症の症候学

3. 認知症の診断

認知症の診断のためには、CTやMRIで脳の断層写真を撮影したり、難しいテストを行って得点を計算することで客観的なデータを集めなければならない −−− と思っていませんか?

認知症診断で一番大事なのは、本当は、「問診」です。今困っている症状について、今の生活状況について、これまでの生い立ちについて、話を聞いているうちに病気の問題点が見えてきます。問診での話しぶりや表情や身振り手振りからも、記憶の混乱がないか、会話が整然としているか、麻痺がないか、気分の変調がないか評価できます。3.png実は、診察室に入ってこられるその姿勢や歩調や態度からも、運動失調の有無や症状の受け止めかたが見て取れます。
このように問診しながら得られる情報が、認知症の「症候」です。
実は、認知症診療に慣れてくると、問診だけで8〜9割方は認知症の病型や程度の見当がつくものなのです。

問診によって見立てた診断が間違っていないか、確かめるために心理テストを行います。年齢を重ねて衰えた部分と、まだまだお達者に保たれている部分と、認知機能の変化に特徴的なパターンがないかを客観的に確認します。

認知症の診断は、「認知機能の低下」にともなう生活の破綻が前提なので、画像検査は補助的な位置づけです。ただし、正常圧水頭症や慢性硬膜下血腫など、治療可能な認知機能障害を見逃さないための除外診断として重要でもあります。
posted by 御所ヶ谷HC at 13:05| Comment(0) | 認知症の症候学

4. 認知症の症候学:総論

中核症状4.png
「認知症」の診断基準となり必ず見られる症状です。脳の変化に伴う症状なので、通常進行性であり、根本的治療法が未だないので、あまり回復は期待できません。なので、中核症状についてとやかくとがめたり励ましたりしても、なかなか事態は解決しません。

周辺症状
認知機能の低下によって起こる精神症状や問題行動で、人によって現れる場合と現れない場合があります。認知症の中核症状がみられた時に、能力低下に合わせて生活環境をうまく整えないと、適応障害として二次的にこれらの症状が現れるのです。BPSD (behavioral and psychological symptoms of dementia; 認知症の行動心理学的症候)ともいい、薬物治療や心理社会的アプローチで改善する余地があります。ただし、背景となる中核症状が進行性であるために、これらの症状もなかなかすっきりとは解決しません。
なお、病型によっては、周辺症状として挙げているこれらの症状が、脳の変化によって一次的に現れることがあります。例えば、幻覚(幻視)はレビー小体型認知症の診断基準の一つですし、前頭側頭型認知症では前頭葉機能障害により、介護への抵抗、攻撃的行動が出現する場合があります。脳の変化から直接つながる症状であっても、薬物治療や心理社会的アプローチでより適応的な行動に変化させられるように、あきらめずに対応することが必要です。
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5. アルツハイマー型認知症の症候学

アルツハイマー型認知症は「老人斑」や「神経原線維変化」が見られる神経変性疾患で、他の病型との合併例を合わせると、認知症の6割近くを占める病型です。

βアミロイド蛋白や5_1.pngタウ蛋白が異常に蓄積して神経細胞の変性が起こります。特に「海馬」周辺から変性が進行するのが特徴です。右のMRI断層写真では、アルツハイマー型認知症の症例で海馬(赤矢印)周囲の脳萎縮が顕著です。







右の写真は、5_2.png「老人斑」の顕微鏡写真です。特殊な染色法で、神経細胞の近傍に染みのような老人斑が散在している様子が観察されます。脳内にもともと存在する「βアミロイド蛋白」が異常に沈着してできています。








右の写真は、5_3.png「神経原線維変化(NFT)」の顕微鏡写真です。神経細胞の中に、異常な構造に変化した「タウ蛋白」が封入体として蓄積し、神経細胞が機能異常をきたして、脱落していきます。










アルツハイマー型認知症は、もの忘れと見当識障害が目立つ傾向があり、会話能力や社会性は比較的保たれて世間様の目をとても気にするので、「取り繕い」の態度が見られるのが特徴です。記憶障害を取り繕って話を合わせようとして、「作話」につながることがあります。置き忘れから、盗られたに違いないという思いこみにつながり、「もの盗られ妄想」や「被害妄想」に発展することもあります。下の図のように、海馬・側頭葉から頭頂葉にかけての機能障害が中心となりますが、どの部位の障害がどのような症状につながるのか、一つ一つ確認してみましょう。

海馬5_4.png
•記憶障害:新しい事柄を覚え込むこと(記銘、input)が困難。エピソード記憶の障害が特徴的で、出来事の細部だけでなく、どこで何をした、という出来事そのものを忘れてしまう。記銘そのものが障害されているので、ヒントを与えられても思い出せないことが多い。
昔の事柄を思い出すこと(想起、output)は比較的保たれるので、昔話には花が咲く。

•見当識障害:通常、「日時」「場所」「人物」の順で障害される。記憶のつながりが障害されるので、状況判断の連続性が妨げられる。例えば、「昨日息子家族が遊びに来てくれたから、仕事が休みだったということは日曜日で、なので今日は月曜日」などと記憶のつながりで今日の日付や曜日といった状況を把握するのに、記憶が曖昧になると、そもそも昨日息子家族が遊びに来てくれたという手がかりすら分からなくなるので、今日が何曜日という状況判断ができなくなる。


側頭葉
•健忘失語:言葉の記憶が即座に出てこなくなって、「あれ」「それ」といった指示代名詞が多くなる。


頭頂葉
•Gerstmann症候群(失算、失書、手指失認、左右失認):計算が苦手、字を書けない、指された指が分からない、左右が分からない。

•視空間認知障害:ものの形、空間的配置の認知力が低下して、時計の絵が描けない(clock-drawing test)、機械のスイッチ類の操作が困難になる。テレビやエアコンのリモコンを操作できなくなり、使い慣れたはずの携帯電話の操作に戸惑うなど、生活に支障が出てくる。「整理する」ことが苦手になるので、ものの置き忘れが更に増える。

•着衣失行:ボタンのかけ外し、袖を通すなど着脱衣が障害される。空間的認知障害が背景にあると考えられる。

•道順障害:方向感覚や目印の識別が困難になり道に迷いやすい。場所の見当識障害と相まって徘徊につながる。
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6. 脳血管性認知症の症候学

動脈硬化性変化に伴い、脳梗塞や脳出血などにより神経組織が障害されて発症します。認知症の中で2番目に多い病型で、高血圧や糖尿病など生活習慣病と関連して、男性に多い傾向があります。

右図は6.pngMRI断層写真と剖検脳の割面で、脳梗塞の部位を赤線、赤矢印で示しています。剖検脳の実線部分は、陳旧性脳梗塞で一部空洞を形成しており、破線部分は、比較的新しい梗塞巣を示しています。







このタイプの認知症は、脳梗塞の再発などにより進行していくため、「階段状の悪化」が認められます。脳血管性病変の部位により多彩な症状を示し、限局的な症状を呈することも多いため、「まだら認知症」とも言われます。
一方で、脳梗塞の部位だけでなく、脳全体に循環不全状態におちいるため、共通してぼんやり、不活発、注意集中障害を来します。もの忘れは記銘力が比較的保たれ、「想起」が困難となるパターンで、ヒントを出すと思い出す、時間をかけると思い出すことがあるので慌てさせない、急かさないことが大切です。意識レベルの変動があり、夢うつつの幻覚妄想状態を呈することがあり、これをせん妄と言います。また、感情のコントロールが十分にできなくなり、「情動失禁」が見られることがあります。
一般的に前頭葉の血流低下が目立つことが多く、意欲低下のほか、麻痺や運動調節機能障害、失語、嚥下障害などきたして介護上の問題となることが多いのも特徴です。

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7. レビー小体型認知症の症候学

「レビー小体」が出現する神経変性疾患で、認知症の中で3番目に多い病型ですが、アルツハイマー型認知症の病理変化を併存することが多い傾向があります。病初期には、もの忘れがあまり目立たないこともあります。

レビー小体型認知症では、7_1.png後頭葉から頭頂葉にかけての機能が低下することが特徴です。右図の脳血流シンチでは、対応する部位の血流低下(青〜緑色)を認めます。






右の写真は、7_2.png「レビー小体」の顕微鏡写真です。パーキンソン病でみられる変化と同じものですが、レビー小体型認知症では、この病変が大脳皮質全体に広がります。「αシヌクレイン」という蛋白が、神経細胞の中に異常に凝集して形成されます。






側頭葉から7_3.png頭頂葉の障害がみられるアルツハイマー型認知症に比べ、レビー小体型認知症では機能低下が後頭葉にまで及ぶので、視覚処理にまつわる症状が著明に現れるのが特徴です。パーキンソン病と同じく、脳幹の病理変化も顕著にみられます。右図のような病変の広がりから、以下のような症候が現れます。



後頭葉〜側頭頭頂葉
•幻視、錯視:いないはずの人や動物が見える(幻視)、カーテンや家具の模様が人の顔や虫のように見える(錯視)。かなりリアルで繰り返されるため、不安感をあおられることが多い。

•視空間認知障害:アルツハイマー型認知症よりも相対的に高度に障害される。ものがゆがんで見える、椅子にまっすぐ座れないということもある。着衣失行も見られる。


脳幹・自律神経
•パーキンソン症状:身体のふるえ、こわばり、歩行障害(小刻み歩行)。動きが鈍くなり、転倒しやすい。

•症状の変動:はっきりと覚醒して真っ当な受け答えをする時もあれば、ぼんやりして注意力が低下して、夢うつつの状態になる時もある。意識レベルの変動が背景にあると考えられる。睡眠リズムにも影響が現れ、睡眠時行動異常(寝ぼけ、夢遊病)をきたすことがある。

•自律神経症状:便秘、失神発作が見られることがある。
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8. 前頭側頭型認知症の症候学

頻度は多くはありませんが、人格変化や行動異常で介護の手間となることが多い病型です。世間様の目を気にすることなく、もはや取り繕うこともせず、「我が道を行く」態度が見られます。病理変化の広がりの違いにより、失語症を主症状とするタイプもあります。

側頭葉から前頭葉にかけて、8_1.png限局性の脳萎縮を認めます。左右差が見られることも多く、脳萎縮が顕著な部位(右図赤線)と比較的保たれている部位が隣り合わせに認められ、その境界が明瞭であることもしばしばです。









右の写真は、8_2.png前頭側頭型認知症の一つに分類されるPick病の病理変化で、ピック小体と呼ばれる封入体が多数認められます。神経細胞の中にタウ蛋白が異常に蓄積して形成されたものです。タウ蛋白だけでなく、TDP43やFUSといった他の蛋白の異常によって病気が起こることもあります。









前頭側頭型認知症は、8_3.png右図のように、まさに前頭葉と側頭葉の障害による症候が見られます。



前頭葉・辺縁系
•人格変化:人格が軽薄化して「我が道を行く」ため、反社会的行動をとることがある。本人に悪気はないので対処が難しい。
「考え無精」でその場限りのおざなりな言動に終始する。

•常同行動:融通が利かなくなって、同じ行動パターンを繰り返す。「時刻表」通りの生活パターンで柔軟性がない。目的や状況に応じた注意の切換がうまくいかない状態と考えられる。物事の手順を順序立てて実行することが苦手になる。逆にちょっとした刺激で注意がそれて、注意力散漫にもなりやすい。いつも同じところをグルグル歩き回る時、徘徊ではなく「周徊」という。

•不活発:意欲低下、無関心、抑うつなど精神活動の不活発化を認める。

•食行動異常:食べ物の好みが変化して、特に甘いものばかり偏って食べるようになる。食べられるものの区別ができず異食が見られることがある。 

•失語:前頭葉の後下方の障害が強いと、言葉がスムーズに出てこない、非流暢性失語がみられることがある。


側頭葉
•語義失語:側頭葉前方部の障害により、言葉の意味が分からない。(アルツハイマー型認知症の健忘失語の場合は、ものの名前が出てこず「あれ」「それ」が多くなるが、言葉の意味は分かっている)
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9. 病型ごとのパターン

認知症診断のポイントが問診で症候をみることだとすれば、病型ごとに特徴的な人当たりのパターンを知っておくと、病態の見立てに役立ちます。

9.png

アルツハイマー型認知症:もの忘れで発症するのに対して社会性は比較的保たれるため、もの忘れを受け入れがたく、人目を気にして「取り繕い」の態度がみられます。聞かれたことを思い出せないのは不甲斐ないので、同席する家族のほうを振り返って代わりに答えてもらおうとします(振り返り行動)。取り繕いが言い訳のように聞こえて、まわりくどい印象です。

脳血管性認知症:神経活動が全般的に不活発になるので、返答に時間がかり、じれったい印象を受けます。最小限の返事しか返ってこなかったり、返事をあきらめてしまうこともありますが、考え込んでいる様子がみえていいかげんな印象は受けません。

レビー小体型認知症:幻を見たり、悪い夢を見たり、非現実的な症状が出たり消えたり動揺性もあって、本人も家族も症状に振り回されて狐につままれたような、言葉にならない困惑を示します。あまり取り繕う余裕もありません。緩慢動作、仮面様顔貌といった、パーキンソン症状の外観も重要な症候です。

前頭側頭型認知症:人格の軽薄化により、「我が道を行く」態度がみられ、質問に無関心で考え無精で、いいかげんな会話になりがちです。目についたものに注意が奪われて、上の空で会話を聞き流してしまいます。失語症を主症状とするタイプでは、社会性が保たれている傾向があります。
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