2014年08月23日

4. 生活支援

認知症の根本的治療法は未だなく、そもそも年齢を重ねるごとに体力や認知機能は衰えこそすれ若返るものではありません。つまり、認知症は老いの延長線上にあり、老いるということはその人の人生、生活そのものでもあります。認知症の診療においては、感染症治療や癌の外科手術のように、「病気」という「異物」を排除したり切り取ったりできるものではありません。認知症診療の目標は、「治癒」よりもむしろ、認知症の症状と折り合いをつけて、認知症と共に生きる「生活支援」だと言えます。


右の図は、T4_1.png年月とともに衰える認知機能の推移のシェーマです。正常加齢でも、高齢になれば認知機能は当然衰えます(青線)が、認知症の場合はそれがより早く現れて、急速に進行します(赤線)。治療によって、認知機能の衰えをできるだけ緩和することが目標です(黄線)。
この図をみて、みなさんはグラフのどの部分に注目しますか?


医者はついつい、T4_2.png認知機能低下の赤色の部分(右図)を見てしまいます。医者は、病気を診るものだからです。家族もまた、同じ部分を見がちです。家族は、その人の若かりし日のお達者ぶりをよく知っているからです。





治療によって、T4_3.png衰えの下げ幅ができるだけ小さくなるように働きかけますが、どれだけ小さくしても所詮マイナスだとすれば、家族にもどかしさが残ります。そして、できなくなったことに目を向けるマイナス思考は、本人にとっても不本意なものです。それが、「治癒」を目指すベクトルの行き着く先なのでしょう。



「生活支援」を重視するというのは、T4_4.png認知症になってもまだまだ保たれている部分、お達者な部分(右図緑色の部分)に働きかけるということです。それは、例え年月とともに衰えが見られたとしても、日々の生活の中でその人の人生は積み重なっていくということです。




治療によりT4_5.png認知機能低下の程度が軽減されると、その分だけ、人生の積み重ねの積み増しが得られます。生活支援はプラス思考のベクトルです。









安心して過ごせる物理的環境(居場所)とともに、社会的地位(役割)をお膳立てしてあげる必要があるかも知れません。家の中で、家事を分担するだけでも、生活の立ち位置が定まります。
進行性の症状に対しては、「脳のトレーニング」で回復することは難しいので、「できないこと」を取り戻そうとするよりは、「今できること」に励む姿勢が、達成感や役割の確保にもつながります。もの忘れの症候がある人に記憶のトレーニングを行っても、脳の変化が進行すればどんなに頑張ってもストレスになるばかりで報われません。それよりも、計算がまだ得意だったら計算のトレーニングを行うほうが、料理が得意だったら料理を分担するほうが、よっぽどプラスの刺激になります。
脳に変性があっても、認知症を発症しない人が少なからずいることが分かっています。認知症はもの忘れだけでなく、認知機能低下で生活が破綻することが発症の要件ですので、生活が混乱しないように、生活の折り合いをつけていく環境調整が、実は薬物療法よりも重要なのかも知れません。介護者の関わりによって、認知症の発症・進行を遅らせることができる、かも知れない、と期待しています。

posted by 御所ヶ谷HC at 15:00| Comment(0) | 認知症の治療
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: